「団地のふたり」著者:藤野千夜さんに聞く
ケア世代が“楽しく生きるため”ためのヒント

ー 第一回:介護も人生の“ネタ”にして ー

某月某日。都内の喫茶店で、小説家・藤野千夜さんと待ち合わせた。
この喫茶店は、テレビドラマになった小説『団地のふたり』(2022年)に登場する「喫茶まつ」のモデルになった店だ。
ホットケーキが有名なお店で、やはり1枚にするか2枚にするかで迷いながらお待ちしていると、約束の時間通りに藤野さんが現れた。
マネージャーさんでご友人のIさんと一緒にいらした姿が、なっちゃんとノエチに重なる。

小説家の藤野千夜さん。自宅である団地にて。

藤野千夜さんは、1962年生まれ、現在63歳。
大学卒業後、漫画編集者を経て、1995年に『午後の時間割』で海燕新人賞を受賞して作家デビュー。
2000年『夏の約束』で芥川賞を受賞した。代表作は、『ルート225』(2005年)、『編集ども集まれ!』(2017年)など多数。他に『彼女の部屋』(2003年)、『ベジタブルハイツ物語』(2005年)といった短編集も多い。
日常の些細な出来事を、繊細かつユーモラスに写しとるような作風で、多くの文学ファンを唸らせてきた。

近作大ヒットとなっているのが、『じい散歩』(2020年)という作品だ。
続編も発表され、夫婦合わせて180歳超えの物語は大きな話題となっている。
タイトルは、あのテレビ番組「ちい散歩」をもじっていて、90代の主人公が家庭内のさまざまな問題を抱えながらも、日課の散歩をしている様子が描かれる。
ただそれだけといえばそれだけなのに、なぜか夢中になって読んでしまう不思議な小説だ。

「じい散歩」藤野千夜さん 著:双葉文庫

「この作品を書くきっかけになったのは、友人のご両親です。
もともと私も仲良くしていて、一緒に旅行をしたり、お二人をモデルに短編を書いたりしていたのですが、ある日、お母様がお父様の浮気を疑い出したということで、びっくりしてお話を聞きに行きました。お母様は認知症が疑われ、同居している友人の姉はパニックという感じだったのですが……。
そういうわけなので、人物もエピソードも、ほとんどが実話です。
アパート経営をしているお父さんがちょっとエッチな写真集を保管するための部屋を持っていたのも、ほんとう。
というより、実際の方がもっと奇妙なことやびっくりすることが多いくらいです」

とはいえ、状況としては介護の始まりであり、90歳になろうというお父様が認知症のお母様の介護をするという、なかなかにシビアなもの。
でも、藤野さんとIさんは、いい意味で「面白がる」ことで、深刻になりすぎないでいられたという。

「二人とも漫画編集者だったからかもしれません。漫画家の方は個性的で、なかなかやっかいな方も多いので、そういう人に慣れているというのもありますし、変なことや困ったこと、びっくりするようなことが起こると、ネタになるかも、と思えてしまうんです」

小説では、主人公の明石新平には三人の息子がいる設定である。
いずれも独身で、長男はひきこもり、次男はトランスジェンダー、三男は家のお金を使い込み借金ばかりしているという面々。
嫁がいて孫がいてという、いわゆる「幸せな人生」からは逸脱している人物たちだ。

「新平の子どもたちの方は、私自身の兄弟をモデルにしています。障害のある兄、家のお金を使い込む弟というのは、私の現実です。
母もおぼつかなくなってきて、コロナ前には私も一度実家に戻り、家族と同居していました。
でも、徹夜してやっと原稿が終わった途端に用事を言いつけられたり、お金の無心もされたりして、だんだん自分の具合が悪くなってきてしまって。やはり一人暮らしに戻りました。
今は、病院の付き添いとか、必要に応じて実家に通うといった関わりです」

同居している間は具合が悪そうだったと、側で見ていたIさんも振り返るほど、やはり介護は、自分の生活や仕事、健康がまずあってこそなのだと思わされる。

インタビューをした「ルポーゼすぎ」のホットケーキ。『団地のふたり』にも度々登場する名物だ。

『じい散歩』の新平も、自分のやりたいこと(エロ動画を見たり)は我慢せず、ちょっとしたおやつを食べたりすることに喜びを見出して、それなりに豊かな日々を過ごしている。
毎日、ヨーグルトにきなこなどを入れた独自の健康食を作って食べ、ストレッチをして、散歩をして、お気に入りの喫茶店でランチをいただく。

妻がいよいよ介護が必要になってからは、その世話もルーティンに組み込んで、淡々とこなしていく。
その姿は、「普通」でないことが起きるとオロオロしがちな我々世代とは少し違うように見える。

「覚悟みたいなものはあるんだと思います。世代的に、家を守ることは自分の役割だと思い、一家の大黒柱だというプライドを持っているのだと思います。
ただ、そのせいで、弟のような甘えん坊の金食い虫に、なんだかんだでお金を出してあげてしまうのは、困ったものだなとは思います」

家族には「本当に困っている」と眉を八の字にする藤野さん。
物語の中で、トランスジェンダーの次男だけがケアの役割を担っているのを思い出す。
複雑な胸中は作品にこめて、時に茶化しながら、なんでも書いてやるぞとネタにしながら、柔らかく問題に対処している姿に元気をもらった。

次回は、『団地のふたり』のようなアラフィフ世代の暮らし方について、お伺いします。


最後に、藤野千夜さんからのお知らせもご紹介します。

小説雑誌「小説宝石」で『つんどく』を連載中です。

2004年に刊行され、映画化もされた藤野千夜さんの書き下ろし長編作、
『ルート225』の文庫が角川春樹事務所から発売予定です。