この連載では、さまざまな状況で介護を担っている方を取材し、リアルな声をお届けしています。
本記事では、独り身の姉を心配し、時々来訪しては様子を見守っているEさんにお話を伺いました。
介護といえば高齢の両親と考えがちですが、最近では「ひとりで暮らす兄弟姉妹や親戚」への手助けから、介護というステージにどう向き合うべきか悩む人も増えています。
一方で、頼る身内がいない、頼れない場合に、自分の老後をどうするかと思いを巡らす方も少なくありません。
今回は少し視点を変えて「介護と老後」について、60代から動き始めたご夫婦の体験談をご紹介します。
独り身の長姉と自分たちの「老後=これから」
Eさんと姉のプロフィール
Eさん(67歳、定年後パート勤務)、夫は66歳で現在も嘱託として勤務中。
子どもはおらず東京郊外の一軒家に在住。
Eさんは3姉妹で、姉は75歳、次姉は病のため他界、Eさんの両親もすでに他界している。
姉は千葉県のマンションに一人住まい。
・介護未満の「お手伝い」を始めたきっかけ
三姉妹の末っ子であるEさんは、ご両親を見送ったあと「とつぜん心筋梗塞を起こし、あっという間に逝ってしまった」3つ年上の次姉を亡くす非常に辛い経験をされました。
仲の良い三姉妹で月に1回は一緒に食事をしていたそう。それだけにショックも大きかったのでしょう。
「長姉は喘息持ちで姉妹の中でも体が弱かったのですが、しかし、一番元気だった次姉が最初に亡くなってしまいました。
それから一人暮らしが急に不安になったのか、長姉は非常に神経質になったのです。
趣味である園芸仲間との会合にも一切顔を出さなくなって、風邪がうつったら大変とスーパーも行かなくなり、週に1度届く生協の人と顔を合わせる時も離れた場所から挨拶するだけ。
ベランダ園芸を楽しんでいたのに、立ち寄ってみると寄植えが放置されていて、わたしの心配も増す一方でした」
Eさんは次姉の分までと頻繁に姉の元に通い、病院の付き添いはもとより、話し相手になり、家事や買い物を手伝ってきました。
1年ほど過ぎた辺りで、Eさんは(自分も姉も毎年、歳をとる。このままで大丈夫だろうか)と思うようになったと言います。
老後のライフプランと介護について考える“きっかけ”に
Eさんの場合、定期的に通い介護をしているわけではなく、また姉も家にこもりがち以外は大きな問題があるわけではありません。
「わたしと長姉は8つ違い、わたしが75歳になったら長姉は83歳、まさに老々介護です」
それがそう遠くはない現実的な将来なのだとリアルに感じた時、Eさんは初めて「老後と介護」を真剣に考えるようになったと言います。
「わたし達は子どももいませんし、夫の実家は遠方な上、両親もすでに亡くなり親戚づきあいもほとんどありません。わたしも独身の長姉以外、母の方の親戚とは形式的なお付き合いしかありません。
身寄りがない長姉を心配している自分自身、老後についてきちんと考える必要があるのだと、改めて思うきっかけになりました」
勉強熱心なEさんは、関連する書籍を読み、地域包括支援センターに出向いて情報を集め、介護をしている知人から話を聞きました。
「何より夫婦で真剣に老後について話し合えたことは大きいですね。なんとなく、まだ大丈夫みたいに先送りにしてきたので。
どちらかが先に亡くなった場合、あるいは介護が必要になった場合にどうするかも具体的にプランをたてようと行動を起こしました」
それまでいかに介護について無知だったか、老後の暮らしに無関心すぎたかを感じたEさんは持ち前の行動力を発揮して、さっそく姉のため、また自分自身のために「介護と老後」について動き出したわけです。
次ではそんなEさんに、「身寄りのない親戚のお世話」をどう対応したのか、またご自身の老後について実際に何を行っているのかを聞きました。
「老後と介護」について教えてください!
1)身寄りのない親戚の「介護プラン」でのポイント
・自分ができること、できないことを明確にした
・本人の希望を聞いて実現できることは手助けすると伝えた
・家や資産の処理について確認した
・介護ではなく「おせっかいなお手伝い」と思っている
Eさんは率直に姉に自分の状況を伝え、できるだけの手伝いはするけれど老後の身の振り方は互いに考えた方がいいと話しました。
最初こそ「冷たい」と長姉に言われて胸が痛んだそうですが、「無理をしたら共倒れだってあり得る、それが介護。でも、きちんと準備したら楽しい老後を迎えられるでしょって、繰り返し話しました」と、Eさん。
万が一のことを考えてEさんは姉に、賃貸マンションの監理を行っている不動産会社の連絡先や知人のリスト、通帳や保険証の保管場所なども確認。
姉妹でも根掘り葉掘り聞くと気まずいこともあって、時間もかかったし気疲れもしたそう。
病院の診療もEさんは毎回付き添い、ひとりでは出かけられなくなっている長姉のために細々と気を配っていますが、介護だとは思っていないとのこと。
「いずれはいわゆる介護が必要にはなってくるでしょうが、それまではわたしのおせっかいなお手伝いと思っています」と話すEさん。
現在、長姉は賃貸マンションに一人住まいですが、Eさんが勧めてふたりで近隣の施設を見学、自立支援型で月額費用もほぼ年金で賄える施設(ケアハウス)のひとつを長姉は気に入り、入居を検討中。
「本人が決めることなので、決断まで急かすつもりはありません。でも小さいながら庭もあり園芸もできる、何より24時間スタッフがいる安心に、心が動いている様子です」とのこと。
施設を回っている時に、Eさんが「本格的な介護が必要になるまでは、わたしが面倒みることはできるから焦らなくていいよ」と伝えると、姉は首をふり「妹の負担になることが自分の負担」ときっぱりと言い放ちました。
Eさんは「姉には姉の信念とかプライドがあるのだと思う。それを尊重するのも大切だと感じた」そうです。
2)子どものいない夫婦が決断した「老後プラン」とは
・夫婦できちんと老後について話し合った
・貯蓄を見直し老後資金をファイナンシャルプランナーと相談した
・いずれ高齢者向け住宅に入る準備として、少しずつ荷物整理を始めた
・旅行がてら楽しく「高齢者施設」を見学中!
「わたし達は子どもができなかったこともあって仕事に没頭し、これといった贅沢もせずにきたので、それなりに資金もある。姉が考えている施設は月額費用が10万ちょっとですが、わたし達は少し違う選択を考えています。今はいろいろと準備段階ですね」
ご実家を処分した知人から話を聞いて、いかに大変か知り、Eさんは荷物を整理し始めています。
長年ためこんでいる「モノ」の片付けは思った以上に手間がかかるので、それこそ元気なうちから少しずつ行う方がいいとEさんは断言します。
入居する施設については「これからは風光明媚なところで」と夫婦の意見が一致し、千葉の房総半島・熱海・神奈川の三浦半島を中心に、今は月に1度は日帰り旅行気分で施設の見学をしたり、体験宿泊もしたりしています。まだ60代で元気なおふたりが、そこまでする必要があるのかと聞いてみると、
「子どもがいたら違ったかもしれませんね。でも、わたし達は互いに頼れるところがない。60代も半ばをすぎると、1年があっという間。気づけば70代になり、どちらかの体調が悪くなることだってありえますから」
「それに実際にプランをたててみると、海辺がいいねとか緑豊かなところで絵でも始めようかとか、新しい趣味を作ろうなんて話題で盛り上がってけっこう楽しいのです」
と、Eさんは気負うことなく、答えてくれました。
3) 豊かなセカンドライフのために今から行動するのが大切
老後のための施設探しをためらう人も多いのではという問いに、Eさんは軽く首をかしげて、「老人ホームという言葉の印象がよくないですよね」と話し出しました。
「今や70歳だって現役で働く時代だし、老人扱いされるのは抵抗感がある。
わたしは調べるまで、シニア向け賃貸とか、サービス付き高齢者向け住宅があることも知らなくて、すべてひっくるめて“老人ホーム”だと思っていました。
老人ホームというのは寝たきりか車椅子の方が入るみたいなイメージが勝手にあったのですが、まったく違います。困ったときにスタッフを呼べるとか、緊急ボタンがあるとか、不安を解消する支援体制がある。
それだけでなくて、温泉つきだのジムがあるだの、小さくても北欧風の建築だとか素敵なところもある。わたし達夫婦は、別荘を探すような気持ちで見学をしています」
そう言うと「老人ホーム探しって言われると、それだけで気持ちがダウンしちゃう気がしませんか?」と続けたEさん。
「老後老後と言うけれど、今風にいうとセカンドライフ?新たなステージだよねって夫と話しています」
老人とか老後という言葉にとらわれず、豊かで充実した第二の人生を迎える準備期間と捉えているのがお二人の「前向きな行動」の秘訣かもしれません。
4)介護の本音とこれから
Eさん夫婦には、まとまった資産があるから余裕のある老後の準備ができているのでしょうか。
「そうですね、確かにある程度の老後資金があるかどうかは重要だとは思います。
うちは住んでいる家を売却すれば入居一時金にはなるし、あとは貯蓄を取り崩しても100歳までは大丈夫な計算で予算をたてて、それにあてはまるところを探しています。
でも姉が気に入ったところのように、初期費用もあまりかからず、月額料金が高くない施設だってありますし、行政のサービスもどんどん利用すべきです。
知らないのが一番ダメ。元気な60代や70代のうちなら、自分で学んで自分で調べて、自分でこれからの暮らしを選んでいくことができます」
しっかりした資産管理と老後のプランで安泰のEさん。
しかし、まったく葛藤することがなかったといえば嘘になる、と答えてくれました。
「わたしが長姉の生活費などを手助けすることもできないわけではありません。
でも、たとえ姉妹でもお金のやりとりが発生すると、どこかでトラブルになるかもしれない。だからあえて、本人の年金と貯蓄でできる選択を勧めました。
でも、自分は冷たいのかなぁと思い、次姉がいたら姉妹で相談できたのにと、身内の縁が薄い自分を情けなく感じることもありました。
もうずっと前に不妊については納得の上で諦めたことですが、子どもに恵まれなかったことを今さらのように思い出し複雑な気持ちになることもあります。他にもいろいろありますよ。
誰にでも、あまり人には言えない苦しいことはあると思います」
Eさんはそう言うと肩をすくめて
「60代70代で、ずっと順風満帆でなにひとつ苦労したことがない人なんていないでしょ。
だからこそ、これからの人生を楽しく過ごせるようにプランをたてるのが大事だと思います」
と最後に話を締めくくってくれました。
まとめ:豊かなセカンドライフのために今から始めよう!
介護や老後の暮らしについて、正しい知識や情報を得ていない人が少なくありません。
人生100年時代の今は、セカンドライフこそ豊かに、充実した暮らしを整えたいもの。
そのためにも、60歳になったら少しずつ、新たなステージに向けて準備していきましょう。