親がいなくなった家で始まること
01 強力なシュレッダーを買う

上大岡トメさんの連載エッセイ「こうして遠距離介護は始まった」のその後のお話です。

今回は、ご両親が暮らしていた実家のお話。

介護が続くなかで向き合うことになったのは、長年積み重ねられた「親の暮らしの跡」。
大量の古紙や書類を前に、トメさんが頼ることになった”強力な助っ人”とは? トメさんらしい視点で綴っていただきました。

もともと両親はそんなに片付けが上手な方ではなかった。それに加えてモノの多さ。

常にダイニングテーブルの上にごちゃごちゃモノが置いてある。
水道料金や電気料金の領収書、区や町内会からのお知らせ。牛乳パックでこしらえた入れ物の中に、パンパンに詰め込まれていた。その横に、箸や電気ポット、調味料などが配置。それらの隙間でごはんを食べていた。

テレビ台の上にも、ピアノの上にもモノがあふれる。食器棚のほんの5センチほどのカウンターにすら虫刺されの薬や胃腸薬、カットバンの箱など(このおかげで食器が出しづらい)。
とにかく水平な場所には、何かしらのモノが、端から転落しないように肩を寄せ合ってギュッと置かれていた。
歳をとった親はどんどん判断力が落ちて処分できなくなり、家はさらにモノにあふれていった。

自宅介護が始まったとき、まず紙類を処分しようと思った。なぜなら介護が始まると、いろんな書類でさらに紙がすごい勢いで増加するのだ。
新しい紙の層ができる前に、古い紙の層をなんとかしよう。片っ端からハサミを入れたり手で破いたり。
中には平成の年代物領収書とかあって、もう字は薄くなっていて数字がちゃんと読めない。
それにしてもこの作業、なかなか手首に負担がかかるのだ。古紙層はまだ厚く、先が見えない。

そうだ!ここは強力な助っ人をお願いしよう。
シュレッダーを購入した。それも、業務用に近い強力なもの。家庭用の小さいモノだとすぐ紙詰まりして、とてもストレスになるというのは過去に経験済みである。ここは投資する。

ガーッ、ガーッ
シュレッダーがお腹を空かせているように、紙の層をおいしそうに飲み込んでいく。
時間も手で破るより1/5まで短縮。なんといっても、全然(私が)疲れない。
紙を処分する作業は、サクサク進む。よしよし!紙の束が粉々になっていくのを見ていると、なんだか爽快感を覚えてきた。
自分のモヤモヤも粉砕され、浄化されていく感じさえする。「創造するためには破壊が必要」と言ったのは、ヒンドゥー教のシヴァ神である。

やがて両親はホームに入居。家の中の紙の処分を加速させる。特に父の部屋の紙の層はカオスで、住所録など個人情報も多い。片っ端からシュレッダーにサクサク飲みこませていく。

この話を私よりも早く介護を始めて終わらせた友達に話すと、
「もう時間が経ちすぎて、そこに載っている人たちも鬼籍に入っているんじゃないの?
だとすると、もう個人情報云々じゃないよね。ふつうに捨ててもいいんじゃない?」

そうか。個人情報って消費期限があるんだね。

と思いながらも、今日もシュレッダーに古い紙を飲み込ませていく。自分のモヤモヤも一緒に。
だいぶ古い紙の層が薄くなってきた。