家族に頼らない老後を考える vol.5

この回では、家族に頼らずに老後と死を迎える主に高齢者の法務問題に携わっており、現在は、「家族に頼らないおひとりさま」が、いつどんな状況になってもその尊厳が守られるような仕組みを提供している株式会社OAGライフサポート、代表取締役の黒澤史津乃さんに、今の日本で起きている、老後や介護にまつわる家族の問題について事例を交えながらわかりやすく綴っていただいてます


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第2回 後編【金子美月さん(60)が語る、姉・山下真知さん(63)のその後 ②】

【山下真知さん(63)が倒れる前に備えておくべきだったこと】

親の介護のことや親からの経済的支援のことで、お互いにもやもやした気持ちを抱えてはいたものの、亡くなった母親の相続のことで決定的に絶縁関係となってしまった山下真知さん(63)と金子美月さん(60)の姉妹。もう交わることはないだろうと思っていたのに。

姉の真知さんがくも膜下出血で倒れてしまってからは、唯一の「家族」である妹の美月さんが、身体的にも介護が必要で意識障害も残る真知さんの世話をしなければなりませんでした。

真知さんとしても、絶縁状態にあった妹の美月さんに、これだけ世話になることは全くの想定外だったことでしょう。今となっては、全面的に美月さんに世話してもらっていると認識しているのかどうかということすら、確認する術はありません。

たとえ今、健康に問題がなかったとしても、いつなにが起こるかは誰にも分かりません。
万が一のときや年老いたときに、家族の世話になるつもりがない・迷惑は掛けられないという人が、真知さんのように想定外に家族に頼らざるを得なくなることを避けるためには、どのような備えをしておけば良かったのでしょうか。

もっとも大切なのは、いつこうした備えをするのかということです。
真知さんの場合で言えば、くも膜下出血で倒れてしまった後では手遅れだった、つまり、いつ何が起こるか分からない人生においては備えに「早すぎる」ということはなく、必要性を感じた「今」、備えを始めておくべきです。

元気なうちに備えておくために必要な心構えは、
誰にでも「必ず自分ひとりで意思決定を完結することができない時期が訪れる」という自覚を持つことです。

意思決定には、意思を形成し、意思を表示し、意思を実行するという三段階があると言われています。
病気や認知症になったときは、この三段階のすべてを自分ひとりで完結することができない状況が想定されます。
また、亡くなった後のことは、どんなに元気なときに意思を形成し表示していても、自分で実行することは決してできません。

くも膜下出血で倒れてしまった山下真知さんの例で考えてみましょう。

独身で子供もいない63歳の真知さんは、両親は既に亡くなり、唯一の家族ともいえる妹の美月さんとは絶縁状態でした。何かあっても世話にはなれないし、なりたくもないと考えていたので、もちろん、何の準備もしないまま老後を迎えるつもりはありませんでした。

自分が亡くなった後に、妹の美月さんやその一人娘である姪っ子に迷惑を掛けないように、真知さんがまず考えたのは、継ぐ人がいない自分の遺骨をどうするかということでした。

美月さんが、くも膜下出血で倒れた後に真知さんの自宅に訪れたとき、永代供養の納骨堂や散骨のパンフレットがいくつも取り寄せてありました。電話で問い合わせもしていたようで、残されていたメモによれば、真知さんは東京湾での海洋散骨を希望しているようでした。

これは、元気なときの真知さんの意思決定のうち、意思の形成と、意思の表示までギリギリ読み取れるというところでしょうか。

しかし、死後に遺骨を海洋散骨にするという真知さんの意思の実行は、真知さん自身では決して行うことができません。つまり、真知さんは、自分が亡くなった後のことについては、誰か他人の力を借りなければ、自分の意思決定を自分自身で完結することはできないのです。

亡くなった後のことだけではありません。

病気で倒れた後の真知さんは、生活していく上で、当初は移動、食事、排せつなど身体の介護が常時必要な状況になってしまい、自分自身の意思決定の完結の及ばないところで、受ける介護の内容や療養する場所などを、他人の力(実際には妹の美月さんの力)を借りて決定され、手配が行われていました。

介護以外にも、真知さんがこれまでひとりで生活を営んできた中で利用してきたサービスについて、例えばスマホの契約、銀座のカルチャースクールの契約、化粧品の定期購買の契約など、継続するのか解約するのかの意思決定についてさえ、真知さんは自分自身で完結することができず、誰かの支援を受けなければならないのです。

このように、人が生きていくということは、重要なことからほんの些細なことまで意思決定の連続で、それは亡くなった後までつづきます。しかし、いつか必ず自分ひとりの力で自分の意思決定を完結することができない時期が訪れるのです。

そのときに、誰に意思決定を手伝ってもらうのか。
その「誰か」を決めて、あらかじめ大まかに将来の意思の形成を表示しておくことで、今後、病気や認知症になったとき、そして亡くなった後まで求められる意思決定を完結する支援について託しておくことが、家族に頼らずに老後とその先を迎えようとする人に必要な備えです。

真知さんは、元気なうちに自分の将来の意思決定を支援してくれる人を、唯一の家族である美月さん以外に定めて、しっかりと契約をしておくべきでした。

真知さんのように家族と疎遠になってしまった人や、そもそも家族がいない人だけに限った話ではありません。

近年、いざというときには世話をしてくれる気持ちのある家族がいたとしても、その家族の側に時間的・経済的・精神的に余裕がなく、負担が重すぎて世話を担えなくなってしまうケースも増えています。

「家族の中で起こったことは、すべて家族の中で解決すべき」という価値観を維持することが、日本全体で難しくなってきているのです。

次回、第3回後編【家族ありきを前提としない老後とその先への備え方】では、将来、家族に頼らずに自己決定の老後とその先を迎えるために必要な備えの契約について、具体的にお伝えします。