だれとも血の繋がりがない義祖母宅の掃除奮闘記

孫嫁はみた!92歳一人暮らしの祖母

はじめまして、てんと申します。

これから書いていく掃除体験談はわたし・夫・夫の母(義母)の3人が、信頼関係が希薄な義祖母の汚屋敷を掃除していくお話です。

義祖母と信頼関係がなく玄関の中へすらいれてもらえないわたしと、虫と不潔が大の苦手で手より口しか動かない夫と、虫と不潔は大の苦手だけど叫びながら爆速で手を動かす義母、92歳だけどゴミ屋敷で鍛えられた筋力でめちゃくちゃ元気な義祖母のクスッと笑えるお掃除奮闘記なのでぜひお付き合いください。

掃除の話に入る前に少し自己紹介をさせてください。

わたしは30歳、夫は31歳で4年前に結婚しました。結婚当時は東京に住んでいたのですが、お互い東京を離れて暮らしたい気持ちがあり、結婚当初から地方移住に興味がありました。

結婚後1年かけてお互いの仕事を調整し、3年前に夫の実家と今回掃除することになった義祖母宅がある隣の県へ引っ越してきました。

わたしの両親、義母は還暦を迎えたあたりでまだまだ健在です。義父は年が離れており70代ではありますが多趣味で、なんなら両親ズの中で一番元気。

今回のお話の中心人物である義祖母は、夫の父方の母にあたる人(わたしから見ると義父のお母様)です。ただ、義祖母は後妻で、義父・夫ともに血縁関係はありません。

そしてさらにややこしいのですが義父は本家に養子にでており、義祖母と暮らしたことはなく関係も希薄の状態。夫が20歳を過ぎたときに、周りからの提案と本人の希望で、義祖母へ養子入りし名字を継いでいます。そのため義祖母からしたら一番かわいいのは夫ということになります。

家族ではあるけど少し形が変わっているわたしたちのお掃除奮闘記スタートです。

・掃除をすることになったきっかけ

2022年10月から月1回の頻度で掃除をしているのですが、そもそもなぜ掃除をすることになったのか。

以前から義母と会うたびに、義祖母の家の状況を聞いていました。「おじいちゃんの仏壇にも手を合わせられないくらいゴミが溜まっている」「掃除しに行っても、玄関前で追い返されてしまう」「何回かに1回は掃除をさせてもらえるけど、虫がすごい出てくる」「掃除した後は、〇〇を盗まれた!って濡れ衣を着せられる」などなど。

義母と義祖母は同じ県内に住んでいますが、1時間半ほどかかる距離。離れたところに一人暮らしをする義祖母を心配に思い、嫌味を言われるが義祖母が元気な証拠と自分に言い聞かせ、お祝い事や季節ごとにお花などを届け交流を続けていました。

そして2022年の9月にお花を届けにいった時にポロッと「これから冬も来るし、このままではストーブも付けられない。火事になったら息子(夫)が悲しむし、仮にこのまま家を相続することになると息子(夫)が困るんだよ。」という声がけをしたとき、義祖母は「そうだね…」と、初めて片付けに対して前向きな言葉を返したそうです。

それをきっかけに、義母・夫・わたしは「冬にストーブを使っても火事にならない程度に片付ける」、義祖母は「孫(夫)が困らないように今のうちから片付けよう」という目的で掃除をすることが決まりました。

・いざ参らん!ゴミ屋敷へ

掃除をする日の前日に義母と電話で以下の打ち合わせをしました。

・当日に気が変わって家の前で追い返されないように、まずはちょっと良いところのランチに誘う

・掃除の後に服と靴は捨てるので、捨ててもいい服で行く

・着替えとマスクの替えを持ってくる

・掃除道具は義母が持っているので、わたしたちは身軽で参加

ちょうど衣替えのシーズンだったので、ネック部分がヨレたロンTと高校ジャージ、履き潰したスニーカーのファッションで気合いをいれ、義母の車で義祖母宅へ向かいます。

車中で掃除の打ち合わせをしていると、3人とも「あれ?これやばいかも」と焦り始めます。そうです、掃除より先にちょっと良いところのランチに行くのを忘れていました。

もう着替えられる時間もないのでボロボロの格好をした3人と、家を開けている間に泥棒に入られたら困ると大事なものを詰め込んだ大きなリュックを背負った義祖母の4人でうなぎ屋へ。

TPOの重要性を学べる良い経験となりました…(恥ずかしかったよ!)

・今日は掃除しなくていいよ

ランチは他愛もない話で盛り上がり、みんな和気藹々とうなぎ屋を後にした帰りの車内で義祖母がぼそり。

「今日は掃除しなくて良いよ、この後はどんな予定なの?」

えー!ボロボロの格好でうなぎ屋行っただけで何の収穫もなしはキツい!と心の中で思いつつも、わたしはまだ言える関係値ではないのでだんまり。

義母は「掃除するよ」とピシャリと返答。夫も「捨てないから!火事にならないように整理しよう」など優しく説得。なんとか掃除の許可を得ました。

ここからは義祖母の視点で補足を加えていきます。

義祖母は昔から外に働きに出ており、その当時では珍しくキャリアを積んでいました。人よりもきちんとしていたいという気持ちやプライドもあり、身なりは気をつけていたり、庭師を呼んで庭の手入れは定期的にしていました。

そんな中、コロナ禍や老化の影響もあり、徐々に人に見える部分すら整えることが難しくなったことを恥ずかしいと思っています。

義祖母は急激に衰えを感じる中、自分一人ではもうどうにもできないと分かりつつも、かわいがっている孫(夫)にきちんとできていないことをさらけ出すには勇気がいることでした。

・足がすくむ現状

では本題のお掃除の話です。義祖母宅は一軒家で、庭、車庫、物置、建物全体をくるっと一周歩ける小道があります。

・玄関前は南天の木が元気すぎるくらいで、他はきれい

・庭は雑草や木の枝が伸び放題で腰を屈めながらなら歩ける状態

・庭に面している縁側の雨戸は変形していて開かないし、ゴミが積み上がり中には入れない

・一部、庭の木の枝が歩道に飛び出している

・車庫にはゴミや壊れた電化製品が置いてある

・物置は母屋から離れているので一旦放置

そして軍手をつけ、帽子を被り玄関の引き戸を開け家の中の現状を把握していきます。

・玄関にはホコリだらけのカーテンがかかっていて奥が見えない(中を見られたくない義祖母が設置した)

・義祖母の暮らしている居間は寝床を中心にすり鉢状にゴミが山積み

・寝床自体もゴミの上にあり、全体的に床が20cmほど上がっている状態

・幸いにも生ゴミなどがなかったがカビの臭いが充満している

・新聞紙、空の弁当容器、ダンボール、その他紙類が積み上がっている

・気がつかないふりができないくらいの虫の死骸や卵があちらこちらに見えている

・玄関より奥には到底入れない状況なので玄関から見える範囲しか現状確認はできない

夫も義母もある程度想像はついていたようで冷静でしたが、わたしは「テレビとかYouTubeでみたことあるな」となんだか他人事のような感覚に陥っていました。

とりあえずわたしと義祖母は近くのスーパーにゴミ袋やビニール紐を買いに、夫と義母が玄関に散らばっている新聞と空のお弁当容器を片付けることになりました。

・1対1で話したこと

スーパーへの買い物の道中、わたしは義祖母と初めて1対1でお話しました。生まれ育ちは遠く離れた県で、兄弟は8人、妹が近くの県に住んでいること、他の兄弟はみな亡くなってしまったこと、以前していた仕事の話、趣味の社交ダンスの話、昔から片付けは苦手だったこと。

色々と話す中で好きなことができる体力や健康があり充実しつつも、親族や友人とは疎遠で寂しいのかなと感じ取れる内容でした。

後日談にはなりますが、この1回目の掃除が終わった次の日には義祖母から夫へ電話があり、「とても楽しい1日だった。本当にありがとう」という旨の電話がありました。

火事にならないように、今後お世話になるであろうヘルパーさんがせめて玄関までは入れるように、お仏壇に手を合わせられるように、義祖母が亡くなった後に困らないために…

掃除の理由はなんであれ、義祖母に定期的に会いにいける口実ができたのは良いことだったのだと思います。

20分ほどでスーパーから戻り掃除に合流。玄関外に積んである新聞を束ね車庫に持っていくという作業を30分ほど繰り返しました。新聞は毎日届く割に、捨てられる日が限られているし、束にすると結構な重さになる。文字も小さくて読みにくいので、義祖母にはいらないのでは?と思いますが、何度止めてもしばらくするとすぐに営業が来て契約を迫られるとのこと。色々と新聞屋に思うことはありましたが、新聞が溜まっていた時に外の人が違和感を感じてくれることもあるらしいので、私たちが来た時にまとめて捨てればいいかと自分に言い聞かせることにしました。

そしてお弁当の容器も分別してゴミ袋にまとめ終わると、玄関の床が見えてきました。

あとは何が入っているのかわからない段ボールを開梱し捨てていきます。これが一番キツかった…

この段ボールの中身にあった大量の○○の話から、次回へ続きます!