介護の海の泳ぎかた vol.4 ー「ステキ」をあきらめなくていい

病気や、薬の副作用によって、体は変わっていくことがある。その変化に適応するために「必要」な機能を果たす道具は、たいてい世の中に存在する。だけどそれが、必ずしも「ステキ」とは限らない。好みのデザインのアイテムが選べるかというと、医療・福祉・介護用品は、どうしてもその選択肢が限られていると言わざるをえない。必要であり、ステキだから使いたい。今のその人が必要とする日用品を、そんなふうに選べないものだろうか。

その悩みに直面したのは、抗がん剤の副作用で母の髪が抜けたとき。ウィッグはどうにか相談先を見つけて注文したが、それ以外の時間にかぶるのに、いい帽子はないだろうか。ネットで見かけたものをいくつか買ってはみたが、母が気に入ったのは、レディース系ウィッグを扱うヘアブランドが売っていたオーガニックコットンの帽子。特化した商品なだけあって素材がよかったようで、同じものを三つ購入した。そのデザインはルームウェアのようなシンプルなもので、外出に使えるようなものはうまく見つけられなかった。三つ買ったのは、使いやすくて必要だったから。がんの症状が進行するにつれ、急遽必要となったものはたくさんあった。

たとえば腹水がたまり、ウエストがきつくなってしまったときのパジャマ。長い期間着れるものではないと思ってはいたけれど、最期に近い入院中の一日をそれで過ごすことを思うと、高齢者向けのデザインを選びたくなかった。結局、可愛いデザインの前びらきパジャマを選び、ゴムタイプだったウエスト部分をひもで調節できるように縫い直した。そうやって工夫できるものもあれば、できないものもある。今までの母になじまない「異物感」があるままに使わなければいけないものもあった。もっと選べたら、どんなによかったか。

ケアのデザインストア『ねんりん』 を知ったのは、母が亡くなって数年経った後だった。このオンラインストアでは、介護が必要な方も使いやすく、美しさも我慢しない道具を取り扱っているという。『ねんりん』を運営する、簾藤麻木(すとうまき)さんにお話を聞くと、その活動の原点には、ヤングケアラーとしてパーキンソン病の祖母を介護した経験があった。

―祖母が「死んでしまいたい」と言った理由

「私が7歳の頃、田舎の家で同居していた祖母がぎっくり腰になったんです。それがなかなか治らず、そこをきっかけに体がゆっくりと悪化。しばらくしてパーキーソン病と診断されました。祖母は三人娘を育て上げ、独立心も強く、生き生きと自分の趣味も謳歌する人。頼もしい、なんでもできた祖母が家の中で弱っていくのはショックでした。祖母は要介護の自分を受け入れづらく、好きだった外出も避けるようになり、家の中も段差などで移動がしづらく、上半身は動けるのに、母や私がかわりにやるということが増えると、祖母の役目はなくなっていっていく。食器も、手が震えると持ちにくいしこぼしてしまう。できない私は情けない、いっそ死んでしまいたい、と言っているのを聞くのも辛かったです。祖母は最期の二年間は病院にいましたが、入院期間以外はずっと在宅で、二世帯住居で同居していました。小学生の頃から祖母の介護は少しずつ手伝っていて、中高に入ってからは、着替えや排泄の介助もしていました。排泄物の処理やトイレの介助が一番慣れなくて、母親に任せてしまったり、でも任せていると逃げているような気もするし、でもやりたくない。そんな複雑な想いでした。

そんな葛藤をしていた高校一年生の夏に、光野有次著『バリアフリーをつくる』(1998年、岩波新書)を読んで、「環境の作り方によって、障がいは大きく変わる」ことを知りました。建物や日用品が使いにくいことで祖母が自信を失う姿をそばで見ていて、その内容にとても納得したんです。

建物や日用品が使いにくいから、私はできない、もう死んでしまいたい、という思考になってしまう。使える状態になっていれば、そうならないんじゃないか。ものづくりが変わったら、介護って変わるのかもしれない。そんな思いで、そこから設計・建築の道を選びました。」

―ものづくりが変わると、介護は変わる?

「祖母は外で食事用のエプロンをするのを嫌がりました。あれをつけて人前に出たくないと言うし、でも食べこぼしはしてしまう。小学生ながら自分なりに考えて、祖母が使っているハンカチをひもとクリップでとめてエプロンがわりにしたら、祖母の好きなハンカチだったので使ってくれました。そのとき、同じ機能でもものによって、使う本人も自信が出るのだなと実感したんです。

ねんりんで扱っている「食事用スカーフ Table with プリーツ」を、祖母に使ってもらえたらよかったなと思います。食事用エプロンって、マジックテープで留めるものが多いのですが、水着メーカーが製造しているので、水に強い留め具が採用されていたりと、使い勝手にもストレスがないし、プリーツが入った上品なデザイン。介護用途以外にも着物のかたにも人気ですし、「Table with ベスト」は男性の愛用者も多いです。

(実際に身につけてくださったまきさん。まるでストールかカーディガンのよう)

―使っていて気持ちいいものは、「食」も進ませる

食事にまつわる道具は他にも取り扱っています。「希望の箸」は、手指が使いにくい方でも使いやすいようにデザインされ、指の形の向きとはしの向き先が同じになっています。麻痺のある方が、普通の箸だと食べこぼしが多かったそうですが、小さいタイプの箸を使っていただいたら自分でつまんで食べられるようになったそうです。自分で綺麗に食べることができると、自信にもつながるんですね。

「汁椀」は、底が窪んでいて指がかかる形状で、手が不自由なかたでも片手で持ち上げやすいデザイン。これはうちの息子も使っています。それまでお味噌汁は、食事の最後にがーっとかきこんでいたのですが、これを使うようになってからはご飯の途中からお味噌汁を飲むようになって、飲む量も増えたんです。そんな子どもの姿をみていると、飲みやすいとか食べやすいと食も進むのだなと実感しました。

(商品を紹介する表情から、心底おすすめする気持ちが溢れている)

この椀は拭き漆という技法で木目を活かした美しい仕上げを施しています。形状だけでなく、肌触りとか持ちやすさ、美しいとか好みであるとか、使っていて心地よい、食べやすくて気持ちいい、そのデザインの力が後押ししているのではないかなと思います。食べ物がもっと美味しく見える力もありますね。

また、「デリソフター」という調理家電は、噛む力や飲み込む力が低下した方でも食べやすいように、見た目や味を変えず、歯茎でつぶせるほどやわらかくすることができます。唐揚げなどにも使えるのが凄いんです。日用品もそうですが、もちろん食事それ自体も本人が好きなものを食べ続けられるといいですよね」

―仕事のすべてに「ケア」視点

「ケアのデザインストアでは、身の回りの日用品をセレクトして紹介したり、商品開発をしていますが、『nenlin』は、医療・介護分野に特化した事務所としてさまざまな仕事をしています。設計士として自ら建築を設計したり、外部の設計事務所と組んで、作業療法士さんや介護当事者の声を設計に反映していくような仕事もあります。ときに、建築設計・商品づくりに携わる事業者へ向け、ものづくりの過程に当事者の経験や医療従事者の声が反映されるよう、勉強会の実施やアドバイザーの紹介など、仲介の役割もします。

今の仕事は、後悔も含め、祖母への想いが原点です。あのときの祖母のように自信を失わず、最期まで今ある自分が好き、っていう幸せな最期が迎えられたら、しあわせな人生のしまいかたができるのではと思います」

病気や怪我によって、今までできたことができなくなったとき。それでも気持ちよく使える道具に出会えたら、どんなに心強いだろうと思う。必要だからと、自分らしさをどんどん諦めなければいけないのはつらい。「はじめまして」から、この先の長い付き合いになる可能性もある道具だからこそ、自分に気持ち良いものを選べたなら。

冒頭で書いた、母の帽子にまつわる悩みにも、まきさんは答えてくれた。

『ナオカケル』というブランドがあります。元々のデザイナーのかたががんになられて髪の毛が薬の影響で抜けてしまったとき、QOLを上げるプロダクトを作っていこうと決めたそうです。乳がんで切除した胸をきれいにみせるお洋服も作られています。帽子は、頭を隠すというイメージがあるんですけど、ナオカケルさんの帽子は、まるでアクセサリーのようで、髪の毛のかわりなるようなに華やかさがあったり、身につけたときに気持ちがぱっと華やぐようなものなんです」

サイトを見てみると、華やかデザインのものから、日常的に使えるシンプルなもの、リラックス用のデザインもあった。母に使って欲しかったなと商品を眺めつつ、母ではない誰かへこれを薦めることができる、今を誇りたい。

介護の海の中だって、「ステキ」を諦める必要はないですよ。まきさんのやさしい仕事に、その背中を強く押してもらったような気がした。

―介護の息継ぎポイント

「祖母の介護をしていた高校生の頃は、仲良い友達と話す時間とか、校則としてはNGだけど学校帰りに、パン1個と紅茶で1時間くらいお茶をして帰る、そんな時間が大事でした。近所に住んでいた母の妹も、私の第二の母という感じでよくお茶をして話していました。家から離れた環境、全然関係ない話をする。今もそこは変わっていないです。お茶の時間が長いんですよ。ごはんをたべて、次のごはんまでお茶しつづける感じです(笑)」

介護の海を泳ぐ人:簾藤麻木(すとうまき)

一級建築士。建築設計事務所勤務を経て2018年nenlinを立ち上げる。ケアの視点を軸とした建築設計・企画を手掛けるほか、全国からケアの日用品を集めたストアを運営。ものづくり業界に医療介護現場の声を繋げる活動を続けている。明治大学建築学科兼任講師。

一級建築士事務所:nenlin

オンラインストア:ケアのデザインストアねんりん