「こんなはずじゃなかった」を「生きててよかった!」に  認知症より怖い加齢性うつ

母のため息が異常に増えたのは、70代後半くらいから。
立っては、「はぁ〜」、座っても「はぁ〜」と、まるで合いの手のようです。
カラダのここが痛い、あそこが痛いと、こぼすコトバが増えてきた頃でした。

母は行動的な人でした。
専業主婦だったけど、多趣味。油絵、ヨガ、料理教室、習字の教室に通っていた。町内会でも民生委員をやったりと、人に会って話したりするのが好きでした。

でも、実はココロの底はネガティブ。
コドモたち(アネと私)が何か新しいことをしようとすると、真っ先に「大丈夫なの?」とブレーキをかける。あまり背中を押された記憶はありません。

母のため息がデフォルトのBGMになった頃、「こんなはずじゃなかった」というコトバが新たに彼女の口から漏れるようになりました。

「じゃあ、どんなはずだったの?」
と実の娘はココロの中でツッコミを入れます。
もう数々の趣味からも、事実上卒業していました。母の人生計画上では早い卒業だったのか。

いずれにしても隠れネガティブが年齢と共にココロの中で頭をもたげてきたのかなあ、と思っていたら、なんと加齢性のうつと診断されました。
性格ではなく、病気だったのです。

気がついてくれたのは、かかりつけ医の先生でした。
母とは長い付き合い。不眠、表情の変化、言動から母の変化を見抜いてくれました。
聞くと認知症と間違えられることも多いらしい。
でもうつ病の方が進行は早く、不安感、抑うつ症状が強くなっていくので、放っておくとさらに深刻になりやすいと。すぐに投薬を始めました。

自己肯定感がどんどん低くなって嘆いている母を見ると、切ないキモチになります。
今まで父とがんばって人生を歩いてきたのに、最後の最後にオセロの盤面が黒にひっくり返されるように日常生活がつらいものになっていく。

何かできることはないか!
そこで思いついたのが、父(もね)、母のこれまでの功績を口に出してちゃんと伝えること。
どんな些細なことでも。

最初は私も照れくさい。聞く親もモゾモゾ。

でも回数を重ねると、そんなもん吹っ飛びます。
とにかくマントラのように、繰り返し唱える。
すると言った方も言われた方も、嬉しくなってくる。

「こんなはずじゃなかった」が
「今日も生きていてよかった!」

と思えるように。

お父さん、お母さん、あなた方の人生は素晴らしいものです。