第3話 家が朽ちる時
~介護が浮き彫りにする家族の過去~

私は介護のプロであるリコさんと「介護についてのフリートーク(雑談)」をすることになった。
その「いきさつ」の詳細は、第2話を参照下さい。

夫の実家は重かった……。

リコさんとの初回の雑談をしたのは、夫の実家に行った日、帰り道にある老舗レストランで、だった。
老舗レストラン……。いつもは好きなテイストのお店なはずなのに、2回目に会う約束をしようとした時、そのお店は違うな、と思った。
なぜか?リコさんへのメールから抜粋しよう。

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初めて1人で夫の実家に行って、それ自体は悪くなかったんです。前日に、浅い眠りになるほど緊張したけれども、「夫の両親と食事をして、ゆっくり話をする時間」が私の人生にあっても良いと思いました。
加えて(夫の実家がある)東京近郊の「中途半端な田舎」の風景は、「昭和」のままで、小学校時代の記憶を思い出して癒されもしました。

それなのに……。自宅に帰ってきたら尋常じゃなく疲れていて、「これって、何だろう?」と、思ったんです。


あれから約1ヶ月過ぎて、「夫の実家の妖気に当たっちゃったのかもしれないな」と思い始めました。
だから2回目に会うお店は、老舗ではないお店が希望です。わかりやすい言葉を使うのなら、駅ビルにあるような「今どきのお店」で食事をしたいと思っています。
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朽ちていく家

結局、リコさんと2回目に会ったのは、新宿高島屋の中にあるお店だった。
リコさんとの会話は、「これから介護が初心者」の私には、全て新鮮だった。
ゆえに、ここからは攻守交替。会話の主導権をりこさんに渡し、私はインタビューアー役を担うことにする。

リコ
訪問介護をやっていた時代に、「行くのに気合がいる家」がありました。一言で言えば、「澱」が溜まっている家……。
覚えている中で印象的だったのは、かつて大きな会社の役員をしたと聞いているお父様が亡くなられて、認知症のお母さまと息子さんが二人でお住まいの家です。
豪邸と言える外観、家の中の設備も「当時の最高の贅を尽くした」ということが一目でわかる家だったんですが、家庭内は荒れ果てていました。
外から見たら、豪邸なのに、家庭内は朽ちている。そのギャップが恐ろしいと思いました。

― 「朽ちる」とは、どんな様子なのでしょう? 

リコ
お惣菜を買ってきたプラスチック容器が散乱して、いつから洗っていないのかわからない感じの食器が置いてある。洗濯物も、昨日脱いだものを着ている、みたいな。

人が生活をする上で、ごく当たり前にあること、食事をする、その食事の後片付けをする、お風呂に入って汚れた衣類を洗濯をする……。そういった「人の営みの気配」が全く感じられない。
家庭内に人はいるのに、生きている動き ~生活~ がないというのかな?

優秀な両親に否定された子供の人生

― どうして、そんな状態になってしまったのでしょう?

リコ
私が思うに、この問題の「根っこ」には親子関係があると思いました。
社会的に成功した優秀なお父さん、そのお父さんが配偶者に選ぶようなお嬢さん教育を受けたお母さん。その両親が思い描く「自分の子ども」の道を、息子さんは外れてしまったのでしょう。
両親が思い描く道を子どもが外れてしまった時に、その子の人生を否定した、というのは大きいと感じました。

「勝ち組」といった言葉が流行っていた時代もありました。だから、あたかも「勝ち組(正解)の人生」があるように錯覚してしまう人もいたんだと思います。
親が思う「正解の人生」以外の人生は、否定する。つまり、息子さんの生き方や人生を否定しているんじゃないか? と思ったんです。
訪問介護という仕事をしている中で、そういう御家庭を何軒も見ました。

「介護」で開く親子関係パンドラの箱

リコ
介護が始まるまでも「親が子どもの人生を否定している」という「事実」はあったと思うんです。
けれども親が介護状態になるまでは、親も子供も、そこを「見なかったこと」にしていたというか……。

けれども、いざ「親が介護を必要とする」というライフステージになると、どうしたって親子関係を見つめざるを得ないんです。
親子の立ち位置が逆転するというか、「これまで自分がされてきたこと」を、親が弱った今なら「やり返す」こともできる訳ですから。

そうなると、蓋をして「見なかったこと」になっていたパンドラの葉箱がパーンと開いてしまう感じです。
その親子が、文字通り、「親」と「子」だった時代に、家庭の中で何が起きていたのか? 親子関係はどうだったのか? それが見えてきちゃうんです。


機能不全を起こしていた親子関係のパンドラの箱。
それが介護をきっかけに開いた先には、何があるのでしょうか? 続きは第4話へ。